【ここって何があった場所?】第3回は一気に南、西浦へ。浦の星女学院のルーツはここにあった?(沼津市西浦立保)
どうも、のんべえです。
シリーズ「ここって何があった場所?」第3回です。
今回は沼津の南、西浦地区を訪ねてみました。
向かったのは西浦立保。「たちぼ」と読みます。
らららサンビーチのある西浦平沢の西隣にあたります。
駐車場には公衆トイレや津波避難タワー兼用の展望台があり、サイクリングやドライブの休憩に使えます。
道路(県道17号)を挟んでお向かいにも駐車場。
隣接する東海バスの立保バス停は珍しい待合室付き。
さらにその隣には西浦郵便局。
今回の「ここって何があった場所?」で紹介するのは、
この一見なんの変哲もない駐車場です。
往時の手がかりが、わずかに残っていました。
赤丸で囲ったのは2つの石柱。
それぞれプレートが付いてます。
向かって左の石柱。
向かって左の石柱。
味のある字で書いてあるのは、
Nishiura LOWER SECONDARY SCHOOL
Nishiura LOWER SECONDARY SCHOOL
直訳すると「西浦前期中等学校」
ふむふむ、右の石柱は?
そうなんです。
ここはかつて西浦中学校があった場所なんです!
それにしても西浦村立って…。
田方郡西浦村と沼津市が合併したのは、今を遡ること67年前、昭和30年のことです。
ってことはこのプレート、短く見積もっても70年以上前のもの!
沼津市立西浦中学校になった後も、この門柱が使われていたんでしょうか。
西浦地区センター併設のこのグラウンドは、中学校のグラウンドだったのかな?
西浦村と同時に沼津市と合併したお隣の内浦村にも「内浦中学校」があったようです。
西浦中学校と内浦中学校の統合が議論され始めたのが昭和40年代半ば。
両校の統合により、沼津市立長井崎中学校が開校したのが昭和56年のこと。
今から41年前です。
今から41年前です。
昭和56年、長井崎中学校が開校したころ、僕は小学生でした。
何年生のときか忘れましたが、夏休みに町内の子ども会のレクリエーションがあって、西浦中学校の廃校舎に泊まった記憶があります。
海水でふやけた足がフジツボで傷だらけになったのもいい思い出です。
グラウンドからすぐ磯に出られたような気がするので、当時はこの護岸はなかったのかもしれません。
グラウンドから見る立保の海は、今でも水が澄んで美しい。
さて、長井崎中学校が浦の星女学院のモデルとなったのはみなさんご存知のとおり。
昨年には内浦小学校と西浦小学校が統合、長井崎中学校と併せて長井崎小中一貫学校が開校しています。
西浦中学校のあったこの場所は、浦の星女学院の前身と言えるのかもしれません。
サザエさんのお母さんフネさんも西浦中学校に通ってたかもね。
サザエさんのお母さんフネさんも西浦中学校に通ってたかもね。
ラブライバーのみなさん、聖地巡礼のルートに西浦中学校跡地も加えてみてはいかがでしょうか?
天気がいいと、海越しの富士山がとてもきれいな場所ですよ。



































