富士急百貨店の思い出を語ろう①
※この記事を書くにあたり、富士急行株式会社様より往時の写真をご提供いただきました。心より感謝申し上げます。 ビールの美味しい陽気になりましたね、どうも、のんべえです。 駅前では、富士急ビルの解体工事が進んでいます。
これが5月7日。
だいぶ背が低くなってきました。 今解体されているのは、まだ僕が生まれる前、昭和40年に開店した富士急百貨店本館があった建物です。
道路や交通機関も発達していない、ましてやインターネットなんてなかった時代。 そんな時代の沼津の「おまち」。 断片的な記憶ですが、なつかしい富士急百貨店の思い出を語りたいと思います。
写真提供:富士急行株式会社様
富士急百貨店は、今解体している富士急ビル(本館、写真奥)と、道路をはさんだ隣にある現在のエイブル・コアビル(新館、写真手前)の2棟で営業していました。写真は昭和50年代のものと思われます。本館と新館は地下と5階の連絡通路でつながってました。 写真を見ると3階にも連絡通路があったんですねえ。 名前は百貨店でしたが、今でいうショッピングモールみたいにたくさんのテナントで構成されていたと記憶しています。
現在大手町商店街にある学生服の「しらゆり」だったり、イーラdeにある化粧品の「ふしみや」なんかはかつて富士急のテナントでした。写真提供:富士急行株式会社様本館入口の写真。懸垂幕に電電公社の文字が!
NTTの前身です。たしか5階に電電公社のショールームがあって、当時爆発的に流行ったテレホンカードを売ってたな~。
バスの車体もレトロですね。
さて、庶民にとって百貨店といえばバーゲン。
確か富士急百貨店は、お正月と夏にバーゲンをやっていたと思います。お正月のバーゲンは「初夢ランド」 夏のバーゲンは「夢の宝島」だったかな。 どっちも「夢」が入っていて景気がいい(笑)。
写真提供:富士急行株式会社様(バーゲン時の写真ではありません)
子どもだったんで正直バーゲンがそれほど魅力的と思ってはいなかったんですが、何階だったかなあ、本屋さんの横に喫茶店があって、バーゲンの日はカレーが100円で食べられたんですよね。
毎年大行列で。
それを強烈に覚えています。
つづく





















