「沼津公園」としてオープンした千本浜公園。入口の歴史ある石柱の話
どうも、のんべえです。
今日から5月。
平成から令和に元号が変わったのが、ちょうど3年前の今日でした。
3年前は10連休でしたね。
僕はその日、横浜スタジアムで大貫投手を見ていました。
今年の連休、お天気がイマイチ安定しません。
遠出の予定も立てづらいので、昨日の晴れ間に近場を散策してきました。
せっかくなので沼津らしいトコロに行こうと思い、
向かったのは千本浜公園。
千本浜公園・千本浜海水浴場は、かつて沼津観光のメッカでした。
海水浴場の周辺には旅館が建ち(もっとも有名なのは千松閣)、
市民プールや水族館もあったといいます。
市営水族館(出典:沼津市フォト&ムービーライブラリー)
市街地から海水浴場に向かう道、通称「千本浜道」を下っていきましょう。
そこに建っている石柱がこちら。
「沼津公園」。
裏に回ってみると、明治40年12月1日開園とあります。
侯爵 西園寺公望書との文字も読めます。
西園寺公望!
のちの公爵、日本の元老の一人、高名な政治家・教育者です。
すごい人が揮毫した石柱なんだなあと感心しつつ、素朴な疑問が。
西園寺公望って沼津と関係あったっけ?
東京からほど近く、気候が温暖で風光明媚な沼津は、西郷従道、大山巌などの名だたる政府要人が別荘を構え、明治26年には御用邸も造営されています。
沼津御用邸記念公園(出典:沼津市フォト&ムービーライブラリー)
しかし、西園寺公望の別荘といえば、興津(静岡市清水区)の坐漁荘が有名で、沼津との縁についてはピンときません。
沼津市ホームページに沼津公園開設の解説が載ってましたが、西園寺公望書の石柱とあるのみ。
調べてみると、西園寺公望は沼津が好きで、よく前述の千松閣に滞在していたそうなんですね。
西園寺専用の別館まであったとか。
そして、今の沼津港と港口公園の間あたりに別荘用地も求めていたそうです。
なんとももったいないお話ですが、
それから19年後の昭和8年、すぐ東で沼津港が開港します。

現在の沼津港内港。画像下部が件の別荘予定地。
(出典:沼津市フォト&ムービーライブラリー)
もし大正3年に台風が来なかったら…
西園寺公望の別荘が沼津に建てられていたら…
沼津港が今の場所に建設されていたかどうか。
ひょっとしたら今のにぎわいはなかったかもしれませんね。
歴史は偶然の積み重ね。
今をポジティブに受け止めるのが一番ですが、たまには歴史の「もし」を楽しんでみるのも一興です。
参考文献1:
沼津市博物館紀要第20号(1996年)「沼津の町並みの移り変わり」川口和子
参考文献2:
<懐かしの立命館>西園寺公望公とその住まい 後編
〔2015年12月10日 立命館史資料センターオフィス 久保田謙次〕
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