沼津がデニム発祥って知ってた?100年前に日本で初めてつくられていたオーバーオールを蘇らせたとみさん(50歳)の想いとは。【ぬまつーPR】
西暦1926年。大正15年。日本初のデニムメーカーが沼津市で誕生していた。
デニムは岡山とかが有名だけど、それより40年ぐらい前に僕たちの住んでいる沼津市でアメリカから帰ってきたご夫妻がデニムを作っていた。
ってこと・・・。
知ってましたか?これ復刻。
現在は、静岡県駿東郡清水町卸団地にある山本被服株式会社。当時は沼津市三枚橋(図書館らへん)にあったそう。
100年の時を経て、
日本初・沼津市発祥のスターオーバーオールが復活を果たすまでの一部始終を、

某日。牛臥海岸。とみさんいた!釣りしてる。
海岸へ降りていくと、
「しまやん@ぬまつー!待ってましたよ♪」
早朝から自前のカヤックで釣りに出ていたという山本被服株式会社営業課長でスターオーバーオール開発責任者でもあるとみさん。
さっそく釣った魚を見せてくれた。
「持って帰る?」

いえ。ちょっと今日はアレなんで笑


ではさっそく。まずはとみさんの生い立ちを教えてください。
「清南小→清中→長泉高校→埼玉県の大学→カーディーラー営業などを経て、30代前半で今の山本被服株式会社に入社しました。」
「入社して15年ぐらいです。もともと、古着が好きで大学の頃、アメリカに行ったときにはリーバイスとか。価値はよくわかってなかったけど、ひたすらあさってましたね笑」

10~20代の頃からデニム素材やヴィンテージ物に興味があったんですね。
「子どもの頃、三島のボーイスカウトに入っていたこともあってアウトドアで着るユニフォームとか、作業着みたいなものには馴染みがありました。」

アウトドア好きで服好きなんですね!
「今でも釣りやカヤックが生活の一部になっていて、デニムはアウトドアで着る作業着というよりは・・・」
「一人の時でもスイッチが入るユニフォームだと思っています。振り返ってみると、いつか自分の正装であるユニフォームを作りたいって思っていたのかもなぁ。」

うぅ。とみさんの生い立ちがすでに今回のスターオーバーオール復活に繋がっているんですね泣


スターオーバーオールとの出会いはいつだったんですか?
「山本被服はオリジナル作業服や事務服を作っています。ぼくはそこで営業課長として働いているのですが。」

「入社して5年目ぐらいの40歳手前ぐらいだったかな?monoマガジンっていう雑誌から連絡があって、御社が日本初のデニムブランドなんですよね?」と笑。」

えー、すごー!
2021年、2022年に挑戦したクラファンではあっという間に目標を達成。沼津市内だけでなく市外からの応援も多かったそう。全国のデニムファンに注目されている。


monoマガジンの連絡から「じゃあすぐに復刻しよう!」ということになったんですか?
「いや!そこからが長かったですね笑。入社時に当時の社長からなんとなくデニムの話は聞いていたものの。」
「そもそもオーバーオールのパターンも残ってないし、かろうじて当時の写真とタグ、ロゴだけ残ってて。」
山本被服㈱に残っている戦禍で残った唯一のミシン。
「あとは全部戦禍で沼津市三枚橋の会社にあったものは燃えちゃってる、と。残ってたのはあとミシンという。」


そこからどうやって100年前のオーバーオールを復刻させたのですか?
「会社としてこのスターオーバーオールを復活させるためにどう動いていくべきか、どう会社と進めていったらいいか。」
「モヤモヤしたまま時間が過ぎていきました。新しいプロジェクトを始めるっていう経験もほぼなかったもんで。」


なかなか動き始めなかったプロジェクト。それでも復活に向けた想いというか、とみさんの原動力はなんだったんですか?

「なんか・・・諦められなかったんですよね笑。」
「さっき古着とかヴィンテージデニムが好きだったってお話しましたけど、自社の歴史を知ってしまったので、本当にもったいないなぁって。この当時のタグとかめっちゃかっこいいっすよね!」
スターオーバーオールを着て海に出る。

ここでもともと古着とかヴィンテージ物が好きなとみさんの執念が登場するわけですね!
「それから仕事の合間に、あらためて自分でデニムのことを勉強したり、当時の形がどんなものだったのか調べて。」
「入社5年目の40歳の時に雑誌から連絡があってからだから・・・、気がついたらあっという間に10年経ってましたね笑。」


コツコツ動いていた10年が一気に加速したのはどのタイミングだったんですか?
「その姿を見てくれていたスターオーバーオール生みの親のひいひいひい孫で、」
イベント出店時、携帯で写真を撮る山本取締役。沼津東高校出身。
「現在の山本被服㈱取締役の山本がとみさん!社内でプロジェクトチームを作って本気でやってみましょう!と言ってくれたんです。うれしかったですねぇ。」


二人で動き始めたんですか?
「いえ。それから社内のデザイナーの石井をプロジェクトリーダーに迎えて、生地選びから糸、ボタンまで当時のオーバーオールを再現しようと動き始めたんです。」


復刻のオーバーオールをつくるときに意識して気をつけたことはありますか?
「復刻版なのでもちろん当時の資料を基にどこまで再現できるかということを一番考えました。」

「ただ、現代に蘇らせるという点では、生地はこのぐらいの厚さのがいいだろうとか、ポケットの大きさはこのぐらいがいいとか。」

「あとは自分が大好きな釣りをする時に着るならこういう感じがいいかなっていう実用性も取り入れていきました。」

大学時代にデニム好きでアメリカまで行っちゃったとみさんがスターオーバーオールに出会ってから復活まで。なんかストーリーがすごいっすね。


復活を果たしたスターオーバーオールですが、これからどういう人に着てもらいたいですか?
「やっぱり自分の子どもにも伝えたいんですがストーリーのあるものを来て欲しいという想いがありますね。」
「自分が着ている服のストーリーを知っているからこそ、」

「なにかスイッチを入れる時のユニフォームであって欲しいし、」

「一人で着ててもユニフォームなんだ!っていうスタイルを全国に伝えたい。まずは自分自身もそれを貫いていきたいですね。」

か、かっこいい・・・泣
父であるとみさんが100年ぶりに復活させたオーバーオールをユニフォームとして歌ううみみょん。繋がっている・・・。

とみさんの人生はスターオーバーオール復活のために必然的に向かっていたんじゃないかとまで感じました。
また、先々代がつくったデニム復活への想いを後押しする山本取締役と、プロジェクトリーダーとして支える石井デザイナー。
なんだか偶然とは思えない日本初・沼津市発祥のスターオーバーオール復活劇。
これからも山本被服株式会社の、
そして、

STAR OVERALL~スターオーバーオールプロジェクト~1世紀の時を超えて復刻、日本最古のデニムブランドによるオーバーオール近年のファッションでも流行りのデニムオーバーオールの歴史を変えるプロジェクト。
山本被服株式会社のホームページはこちら↓
http://ymmt-h.co.jp/
スターオーバーオールのホームページ・販売サイトはこちら↓
https://staroverall.base.shop/
スターオーバーオールのInstagramはこちら↓
https://www.instagram.com/staroverall1923/






































